今度の日本酒の飲めるお店取材は小諸市☆ ―第2回 小諸城址―

 

こんばんは。
このブログをご覧くださいまして、ありがとうございます。

今回は、小諸城の記事です。

 

上田市の際には、上田城散策の話が延々と続いてしまいましたが、よくよく考えるとこのサイト、旅サイトではなく、日本酒とお店検索のサイトでした。

旅、日本酒、お城、それぞれ切り離せないものですし、こちらのブログは、「心に移りゆくよしなしことを、そこはかとなく書きつく」ことにしているため、まあ、筆が進むなら、お城の記事をたくさん書くのもいいのですが、やはり、ほどほどが一番ということで、今回は前回よりは短めに、小諸城を記事にしたいと思っています。

実は、昨日、1月29日に小諸に再び行ってきました。
記事にしようと思って写真を見返したら、全然写真がなく、初めてすぐに、写真がないからかくのや~めた、というわけにもいかないため、ちょっと小諸まで行ってきました。

1月末頃ということで、小諸には雪が積もっており、紅葉の季節の記事とで違和感を覚えられるかと思いますが、ご容赦いただければ幸いです。
さすがに、一年待つわけにもいきませんので…

 

さて、雪の季節の写真も入っている、というお断りをさせていただいたところで、小諸城祉編スタートです。

上信越自動車道をおりて、案内標識に従って懐古園へ向かいます。
小諸市街地に向かって下り坂が続きます。

やがて、しなの鉄道線が見えてきて、そこをくぐって、鉄道を左手に見ながら東の方へ向かいます。
そうすると、懐古園駐車場の標識が見えてきます。ここで右折すると広い有料駐車場があるので、そこに車を停めます。さあ、いよいよ小諸城。

てくてくと歩いてくと…あれ?

SLさんが鎮座されています(撮影は1月29日です)。
なんでも、かつての国鉄小海線で活躍していたSLだそうで、引退後、小諸市に貸与されてこちらにいるそうです。

こちらのSLの前を通り過ぎると、右手に懐古園の入園口、左手に三の門が見えます。
懐古園の紹介写真でよく出てくるのが、こちらの三の門です。

こちらの写真を見ていただくとわかりますが、門の上に「懐古園」の額が飾られているので、こちらの門がよく素材として使われるのでしょう。

城好きな管理人的には、やはり、大手門から入っていって、本丸に近づく、的なのが好きなので、ちょっと残念。
小諸城の大手門は、ちゃんと存在するのですが、この三の門の前にある小諸駅の向こうの方に大手門はあるのです。

そこで、管理人はUターンして、大手門に向かいます。この三の門の目の前には、地下道があって、線路の反対側に抜けられるのです。
それでは、大手門からお城に近づきます。
こちらが大手門です。

現在の小諸城は仙谷秀久が建てたものですが、こちらは秀久築城時の姿をとどめているのだそうで、国の重要文化財に指定されています。
確かに、当時からのもの、というオーラを感じられます。

この門を抜けて右手に進んでいくと、小諸駅と、公園が見えてきます。こんな感じ。

撮影したのが1月のものなので真っ白ですが、11月に訪れたときは芝生が一面に敷き詰められているのが見えました。
写真の左側が小諸駅、中央からやや右側に見える雪をかぶった白い台形の建物が、三の門です。

この写真を見ていただいてもわかると思いますが、小諸城は周囲よりも低いところにあるのです。
普通、お城って、守りやすくするために周囲よりも高いところに築くものなのですが、小諸城は低いところにあるのです。
なので、穴城とか鍋蓋城とかの別名があるそうです。

ですが、小諸城は後でもお話ししますが、千曲川沿いの断崖絶壁上の渓谷をうまく利用して建てられており、兵力を正面に重点配置できるため、防御力は高かったのかもしれません。
上田城と違って、攻城戦が発生していないため、何とも言えませんが。

それと…なにもこんな鉄道の通し方しなくてもいいのに、と思ってしまう1枚です。
興ざめするので、普通の人はこういう写真を載せないのでしょうけど、載せてしまうのがこのブログ、ということで、ご容赦を。

さて、こちらの写真の左手の方に進みます。
すると、先ほどお話しした、懐古園に続く地下道に着きます。

これを潜り抜けると、三の門に出るのです。

この三の門から先が三の丸、そして二の丸に続く道の途中に、門ではなく料金所が立ちはだかります(笑)

今回はこれくらいにして、次回、二の丸、本丸と進んでいきます。

 

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