大内宿と源平の戦いをつなげる、高倉神社と以仁王

 

こんばんは!
このブログをご覧くださいまして、ありがとうございます。

 

前回は、大内宿の歴史と街並みを紹介しましたが、今回はその続きです。
前回の終わりのところで、現代的なものと共存している大内宿、といったお話をしましたが、話の展開の都合とはいえ、やはり、こうした街並みのお話に、そういうお話だけするのも無粋かなと思うので、今回は、普通に、大内宿のお話をしたいなと思います。

 

〇 大内宿町並み展示館

大内宿では、建物の外観だけでなく、建物の中についても、過去の様子を伝えているところがあります。
それがこちら、「大内宿町並み展示館」です。

こちらは大内宿の本陣跡に、他の宿場の本陣の建物を参考に、1984年に建てられた建物だそうです。
他の宿場のものを参考にしたのは、大内宿の本陣に関する記録や図面などが散逸してしまっていたからだそうです。

建物の中には、

こちらのような囲炉裏や、大名が休息した部屋、農具や食器などの生活用品が展示されています。
高校生くらいまでは、こういう当時の人々の暮らし、的な展示を全く見る気がしなかったのに、年を経るごとに、そうしたものを見て楽しめるようになるのはなぜなんでしょうね。

 

〇 高倉神社

この「大内宿町並み展示館」の南側には大きな鳥居があります(ちなみにここ、ポケモンGo!のジムがある場所でもあるのですが^^;).
なぜか、正面から撮った写真はなく、鳥居をくぐった先から撮った写真だけが残っていたので、掲載しておきます。

この鳥居は、大内宿の村社「高倉神社」の大鳥居です。
鳥居をくぐってまっすぐ進むと、

そして、

大内宿に来た時のような、なんとなく、別世界に来たような気がしました。

 

さて、この写真の中央に、鳥居が見えるのがわかるでしょうか。
こちらが「高倉神社」です。

御祭神は後白河天皇の第三皇子以仁王
邸宅が京都の三条高倉にあったため、「高倉宮」とも呼ばれていたそうで、それで、こちらの神社は「高倉神社」と呼ばれているようです。

 

〇 以仁王と大内宿

御祭神の以仁王は、平清盛が権勢をふるっていたころの人です。

1159年の平治の乱で敵対勢力をほぼ一掃した平清盛は、平家物語でいうところの「平氏にあらずんば人にあらず」と言われるほどの権勢を手中にしますが、それに不満を持つ人々も次第に増えていきました。
そうした不満を持った人たちは、1177年に後白河法皇のもとで鹿ケ谷の陰謀と呼ばれる平氏打倒のための会合を開催しますが、密告により、平清盛の知るところとなりました。

清盛は直ちに参加者らを逮捕し処刑、1179年には後白河法皇を幽閉して、院政を停止し、平氏独裁体制を固めました。
これに対して立ち上がったのが高倉宮以仁王でした。

1180年、以仁王は挙兵し、全国の源氏も平氏討伐のために挙兵するようにという命令書である令旨を発しました。
以仁王の挙兵そのものは、準備不足のため、直ちに平氏によって鎮圧され、以仁王は戦死してしまいますが、以仁王が発した令旨は、全国の源氏のもとに届けられ、各地の源氏が平氏討伐のために決起します。
その決起した源氏の中に源頼朝がいて、一度は平氏に敗れるものの、関東の武士たちをまとめ上げて、やがては、壇ノ浦で兵士を滅亡に追い込みます(治承・寿永の乱)。

 

そのように日本史に大きな影響を与えた以仁王、史実では1180年に山城国で戦死したとされていますが、戦死直後から生存が噂されていて、東国に落ち延びたという話があったようです。
なにしろ、以仁王のような貴人の顔を見られるものが少ないうえに、平氏から冷遇されていたため、見知っている人は少なく、戦死の確認がはっきりとは取れなかったでしょうから。

で、その落ち延びた先が、この大内宿、という伝承があるそうです。
もともと、この大内宿は「山本村」と呼ばれていたそうですが、以仁王がこの山本村まで落ち延びてきてこの地にしばらく逗留したそうです。
その時、この里が大内(=内裏、皇居のこと)に似ていることから「大内」と改めたそうです。
う~ん^^;

 

そして、しばらく後、以仁王は越後国の武士団を頼って去っていったそうですが、その以仁王がこの地に逗留したときの御座所が、この神社の本殿の裏手にあり、こちらがその入り口なのだそうです。

地名にも歴史があるわけですね。

 

〇 結びに

高倉神社の参拝を終えて、大内宿に戻ってきたのがだいたいお昼時。
宿場にあるあちこちのお店で、「ねぎ蕎麦」の文字が躍っていたので、日本酒が置いてあるかの調査もかねて食べていこう、と思ったものの、台風接近中なのに、どこも人でいっぱい。
2人以上の団体しか並んでいない中、1人で並んで待つ気にはなれなかったため、やむなく、ねぎ蕎麦はあきらめて大内宿を後にすることにしました。
帰りも、同じく山側の道を通り、この光景を見て帰りました。

江戸時代から現代へ、タイムトンネルを行き来する、そんな感じを持ってしまう不思議な体験ができる大内宿でした。

 

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