【日本酒と歴史】口かみの酒、麹の酒、伝来の酒、日本酒の起源を辿ってみる

 

こんばんは。
このサイトの管理人です。
この記事をご覧くださいまして、ありがとうございます。

今回は、「日本酒の起源」についてのお話です。

 

イントロダクション

前回、記事を書いたのが2月22日なので、ちょうど5か月ぶりの記事になります。
大変ご無沙汰しておりました。
当サイトの管理人でございます。

ずいぶんと間が空いてしまいまして、恐縮でございます。
この間、何をしていたのかと言いますと、今回の記事、「日本酒の起源」について資料の読み込みをしつつ、とある公共系のお仕事をしたり、ベンチャー企業のコンサルしたり、あとは、自社の新サービスの準備をしたりしていました。

公共系のお仕事が結構ハードだったのですが、資料の読込み自体は、4月中には終わったのですが、調べたことをどのような記事にするか、なかなか考えがまとまらない内に、上記のお仕事や、その他、色々な用事が入ってしまいまして、今ようやく記事を書く時間が取れた次第です。
もっとも、動機としては、外注していた記事が上がってこなくなってしまったので、最低でも月1更新というポリシーを守るために、私が書かなければならない、と思ったのが最も大きいのですが^^;

本当は、5月のGWにこの記事を書くつもりだったのですが、どうにも記事のアイデアが思い浮かばず。
これまでは、題材が決まれば記事内容は割とスラスラと書けたのですが、今回は全く書けなくてですね。

というのも、半分くらいネタバレになってしまいますが、日本酒の起源て、史料が少なくてはっきりとしたことが分からないのです(´・ω・`)
前回の記事のような、戦国時代とかは史料もありますし、研究者も多く、最近では戦国時代ブームであることも手伝って、史実を調べて記事を構成するのはそんなに難しくありません。

しかし、「起源」ものは、歴史書などの文字史料がない時代に遡ることがあり、その場合には、考古学史料を使うしかないのですが、史料そのものが少ないことや、研究者も少ないため、記事を構成するほどの情報を得られなかったりするのです。
また、そもそも、結論がないため、資料を読み込み、いろいろな説を比較・検討して自分自身で結論を導き出さないといけないのですが、日々の生活費を稼ぐのに忙しく手ですね、なかなか結論にたどり着けなかったという次第です。。。まあ、いまだに結論には至っていなくて、これを書きながら結論を導き出すのですが^^;

そんなこんながあって、これまで記事の作成が止まっていたのですが、月に1度は記事をupする、という自分の中のポリシーだけは守りたく、追い詰められてようやく今回の記事を書いた次第ではあるのですが、この間、精神的に低調で意欲が低下して仕事もさぼりがち、そんな中でYouTubeの動画をよく見たり、新しいサービスを準備するにあたり、色々なサービスの調査をしたりしていたのですが、いろんな動画を見たり、様々な新しいサービスに触れていく中で色々と学ぶこと、思いついたことも多々ありまして、この記事やサイトももっと良いものに変えられる、色んな発見がありました。

今回はそんな発見も、ごく一部ではありますが反映した記事になっていますので、ぜひぜひ、最後まで読んでいただけたら幸いです。

 

日本酒の起源に関する諸説

nihonshu-origin
日本固有のお酒、日本酒。
今では「SAKE」として、世界でも飲まれるようになったお酒ですが、そんな日本酒はいつからあったのでしょうか。

唎酒師の基本テキストである『新訂 日本酒の基』(日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)著、NPO法人FBO、2018年)によると、日本酒起源としては、以下の3つが挙げられます。

① 大隅国風土記にある「口噛みの酒
② 播磨国風土記にある「カビ(麹)を利用した酒
③ 古事記にある「中国から伝来した麹を利用した酒

①②の「風土記(ふどき)」は、奈良時代(710~794年)の初期に成立したと考えられる、日本各地の地理・歴史などについて書かれた書物です。
なお、「大隅国」とは、今の鹿児島県の東半分、大隅半島一帯のこと、「播磨国」とは、だいたい、今の兵庫県の日本海側(昔は「但馬国」といいました)と淡路島を除いた地域のことになります。

③の「古事記(こじき)」は、同じく奈良時代の712年に完成した、世界創造から推古天皇(在位:554~628年)の時代までについて書かれた書物です。

いずれの書物も奈良時代初期に書かれていますが、現在、学会など、一般的に認められているところでは、いずも、日本に現存する最古級の歴史書になります。
ちなみに、広告の教科書などに載っている年表によれば、古さのランキングは、

1位:古事記(712年成立)
2位:風土記(713年に各国に作成を命令)
3位:日本書紀(720年成立)

となります。

それでは、それぞれの書物で日本酒についてどのように書かれているのかを、見ていきましょう。

 

日本酒の起源説1 「口噛みの酒」

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出典:国立国会図書館デジタルコレクションより

まずは、『① 大隅国風土記にある「口噛みの酒」』です。

日本酒の起源:カビ・麹・酒の系譜 [新版]』(上田誠之助、八坂書房、2020年)という本からの引用になりますが、『大隅国風土記』には以下のように書かれているそうです(原文ではカタカナ表記ですが、読みやすさを考慮して、平仮名表記にし、句読点も一部変えています。)。

酒を造るをばかむともいふ。いかなる心ぞ。
醸の字は酒を造る也。
つくるとも、かむとももよむ。
昔は此の国の人、酒を造るすべを知らず。口に米をかみて、水にはきいれ(して)日を経て後熟する時、是を醴(さけ)と云ふ。
後の人うるわしく造れども、昔に准(なぞら)へてかむと云ふ。
大隅の国には一家に水と米と設て村につけめぐらせば、男女一所に集りて、米をかむて酒船にはき入れて、ちりぢりに皈りぬ。
酒の香のいでくる時、又集まりて、かみてはきいれし者ども、是を飲むを名つけてくちかみの酒と云ふと。

【現代語訳】
酒を造ることを「かむ」という。それはどうしてか。
「醸」の字は、「酒を造る」という意味の字である。
この字は、「つくる」とも「かむ」ともよむ。
昔は此の国の人は、酒を造る方法(管理人注:文脈から、この分が書かれた当時に知られていたお酒の造り方)を知らなかった。だから、口の中で米を噛んで、それを水の中に吐き入れて、何日か経って米が熟してできたものを醴(さけ)といっていた。
後世の人は(米を噛んで吐くようなことはせずに)きれいに作るけれど、昔のこうした作り方になぞらえて、お酒を造ることを「かむ」という。
大隅の国では、ある家に水と米を用意して、村中に知らせると(管理人注:「つけめぐらせば」を「つげ(告げ)めぐらせば」と解釈しています。)、村中の男女が同じところに集まってきて、米を噛んで酒船(酒槽)の中に吐き入れ、ばらばらに帰っていく。
それからしばらく経って、お酒の香りが出てくるころに、またみんな集まって、噛んで吐き入れたものを飲むのを名付けて「口かみの酒」というのだと。

 

要約すると、昔は口の中で米を噛んで、水を張った容器に吐きだし、それが発酵してできるものをお酒として飲んでおり、これを「口かみの酒」といい、これにちなんで、「酒を造る」という意味の字である「醸」の字は、「つくる」とも「かむ」とも読むのだ、ということです。

この「口かみの酒」が日本酒の起源だとするのが、日本酒の起源説1です。

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確かに、現代でも酒蔵さんのWebサイトなどを見ると、少なからぬ酒蔵さんが、「酒を醸す」と書いていますね。
「醸す」は、「かもす」と読み、先の「かむ」が変化してできた読み方です。

とはいえ、口の中で噛んだものを吐き出して造ったお酒、現代の私たちの感覚だと、ちょっと、、、となるでしょうね。
奈良時代の人も同じように思ったようで、本文中で「後の人うるわしく造れども」と言っていますし^^;

「口かみの米」はなぜ酒になるの?

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ちなみに、なぜ、噛んで吐き出した米がお酒になるのかというと、唾液にはアミラーゼというデンプンを糖分に変える消化酵素が含まれていて、このアミラーゼが、噛んで細かく柔らかくなった米に働きかけて、アルコールを作るのに欠かせない糖分を創り出し、その糖分を、空気中にある菌(酵母)が分解してアルコールに変えるから、です。

ざっくりと書くと、

① 米(デンプン)を噛んで細かく柔らかくし、唾液でデンプンを糖分に変える
② 水に①を吐き入れ、空気中の菌(カビ)が糖分をアルコールに変える
③ お酒ができる

という感じです。

日本酒も、ざっくりとその製造法を書くと、

① デンプンを糖分に変えるもの(麹)を作る
② 糖分をアルコールに変えるもの(酛)を作る
③ 米、麴、酛を水に入れる
④ 水の中で、麹がデンプンを糖分に変え、酛が糖分をアルコールに変える
⑤ お酒ができる

となります。
現代では、麹や酛を使っているところを、昔は唾液と空気中の菌を使ってやっていたということです。
お酒の造り方については、こちらの記事で詳しく書いていますので、興味のある方は、ぜひ、読んでみてください!

「口かみの酒」から見える日本人のルーツ

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なお、この「口かみの酒」は、大隅国、今の鹿児島県に固有のものではなく、先に挙げた『日本酒の起源:カビ・麹・酒の系譜 [新版]』によれば、北陸や九州の一部の神社でも造られていて、沖縄では江戸時代後期までも造られていたし、字東アジア、東南アジア、中南米、南太平洋の島々でも造られていたものだそうです。

日本人のルーツとして、縄文人・弥生人とか、北から来たのか南から来たのかという論争があります。
[新装版]アフリカで誕生した人類が日本人になるまで』(溝口優司、SB新書、2020年)という本では、最新の考古学の調査結果を踏まえると、
・3~4万年前ころまでに、南方から縄文人が日本列島に到達
・3,000年前頃(弥生時代が始まる頃)、北から弥生人が日本列島(西日本)に到達
・以降、弥生人が縄文人と混血しながら東日本へと広がる

という感じで今日の日本人になっていったのではないかと述べています。

先に挙げた「口かみの酒」の分布を考えると、この考古学の調査結果から導き出された結論とも整合的で興味深いですね。

ここでは(文章が長くなって本題からそれるので)あえて省きましたが、『[新装版]アフリカで誕生した人類が日本人になるまで』では、人類がいつどこで誕生して、どのように日本人になったのか、ということがとても分かりやすく説明されていますので、興味を持たれた方はぜひ読んでみてください!

日本酒の起源説2「カビ(麹)を利用した酒」

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出典:国立国会図書館デジタルコレクションより

次に、『② 播磨国風土記にある「カビ(麹)を利用した酒」』です。
こちらの原文は、Web上にあった『『風土記』に表れた酒』(松本 武一郎、1973 年)という論文に載っていましたので、以下に転記します。

庭音(にわと)の村、大神の御粮(おもの)涸れてカビ(原文は、米偏に毎)生えき。
即ち酒を醸さしめて庭酒に献りて宴しき。

【現代語訳】
庭音村で、大神にお供えするご飯が古くなって、カビが生えた。
そこで、カビが生えたごはんで酒を造らせ、大神に献上し、宴を開いた。

 

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先ほどの「口かみの酒」でも書きましたが、日本酒を作るには、米をデンプンに変える必要があります。
「口かみの酒」では、唾液がその役割を果たしていましたが、日本酒造りでは、がその役割を果たしています。
そして、麹とは、端的に言ってしまえば「カビ」のことです。

日本酒を作るときには、まず、米を蒸して、その蒸米に麹(カビ)をふりかけ、混ぜ合わせます。
つまり、蒸米にカビを生えさせるわけです。

そして、上記論文にも書かれていますが、現代の私たちは、ほどほどの水に米を浸して柔らかくする、「炊く」ということをしていますが、現在と違って、奈良時代はご飯は蒸し器で蒸していたそうです。

蒸した米にカビを生えさせて酒を造る、これが日本酒のルーツではないか、というのが日本酒の起源説2です。

 

日本酒の起源説3「中国から伝来した麹を利用した酒」

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出典:国立国会図書館デジタルコレクションより

そして、『古事記にある「中国から伝来した麹を利用した酒」』です。

こちらはネット上にあったサイトから原文を以下に引用します。

又秦造之祖漢直之祖及知釀酒人
名仁番亦名須須許理等 參渡來也
故是須須許理 釀大御酒以獻
於是天皇 宇羅宜是所獻之大御酒而
御歌曰
須須許理賀 迦美斯美岐邇 和禮惠比邇祁理 許登那具志 惠具志爾 和禮惠比邇祁理

【書下し文】
又秦造(はたのみやつこ)の祖(おや)、漢直(あやのあたひ)の祖、
また、醸(かむ)を知れる酒人(さかびと)名は仁番(にほ)、亦の名は須須許理(すすこり)等(ら)、参(まゐ)渡り来(く)なり。
故(かれ)是の須須許理、大御酒(おほみけ)を醸(か)みて以ちて献(たてまつ)りき。
於是(ここに)天皇(すめらみこと)、是の所献(たてまつりし)大御酒(おほみけ)を宇羅宜(うらげ)て
御歌曰(みうたよみたまはく)

すすこりが かみしみきに われゑひにけり ことなぐし ゑぐしに われゑひにけり

【現代語訳】
また、秦造の祖、漢直の祖、及び酒の作り方を知る酒人、名を仁番(にわ)、またの名を須須許理(すすこり)たちが(朝鮮半島にある国の百済から)やってきた。
そこで、須須許理は大神酒を造って献上した。そこで(応神)天皇は、この献上された大神酒を飲んで上機嫌となってお詠みになられた。

須須許理が造った神酒で私は酔っぱらってしまった。病気や災厄などの悪い事を祓い、人を笑顔にしてくれる酒に私は酔っぱらってしまった。

 

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こちらは、古事記の応神天皇の段の記載で、朝鮮半島から酒造りの専門家がやってきて、醸造した酒を時の天皇に献上したところ、天皇は大変喜んで和歌を詠まれたというものです。
解説の必要もないとは思いますが、天皇が特定の事に和歌を詠むというのはめったにないことで、わざわざ和歌を詠まれたというのは最高の賛辞です。
和歌の内容から察するに、本当に素晴らしいお酒だったのでしょうね。

こちらのお話しについては、何点かポイントがあるのですが、それぞれ、項目を立てて解説していきましょう。

伝来した年代について

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応神天皇は、第15代天皇で、日本書紀によれば、西暦270~310年に在位していたとされています。
世界最大のお墓で、世界文化遺産に登録されることも決定している大阪にある古墳「大山(陵)古墳」は仁徳天皇の古墳とされていますが、応神天皇は仁徳天皇の前代の天皇です。

先ほどの古事記の記載には、「秦造の祖、漢直の祖」とありますが、これは、高校の日本史の教科書にも出てくる名前だと「秦氏(はたうじ)」「東漢氏(やまとのあやうじ)」となっている渡来人のことです。
「秦氏」は、日ユ同祖論や日本を裏から操っていた一族など、歴史の裏話系で有名なあの「秦氏」です。

両氏が日本にやってきた年については日本書紀に記載がありまして、秦氏は応神天皇16年(西暦285年)、東漢氏は応神天皇20年(西暦289年)に日本にやってきたのだそうです。
書記では、東漢氏について、「倭漢直祖阿知使主・其子都加使主、並率己之黨類十七縣而來歸焉(東漢氏は長、その子、並びに長に従うもの17県を率いてやってきた)」とあります。
「県」は、古代の中国では、現在の日本の市町村位に当たるものですので、17県というと、数千から数万人単位でやってきたことが推察されます。
そして、それだけ大きな集団だったので、その中にお酒を造った「須須許理」がいたのかもしれませんね。

「中国から伝来した」について

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表題に「中国から伝来した」とありますが、【現代語訳】ではさらりと「(朝鮮半島にある国の百済から)」と書いています。
ちなみに、この記事内の訳は、それぞれの本に書かれている訳文も参考にしつつ管理人が訳したもので、()部分は、管理人が補ったものになっています。

『古事記』には書かれていませんが、『日本書紀』では、「秦氏(はたうじ)」は百済から来たと書かれています。
「東漢氏(やまとのあやうじ)」は、『続日本紀』という書物の中で、三国志の時代の頃に戦乱を避けて帯方郡に移住したと書かれています。
この帯方郡は、現在の韓国・ソウルあたりにあったと推定され、ここは後に百済の一部となったので、ともに、朝鮮半島にあった「百済」という国から来た人たちだと考えられます。

となると、「中国から伝来した麹を利用した酒」ではなく、「朝鮮半島から伝来した麹を利用した酒」が正しそうですね。
ただ、朝鮮半島の酒造りも元々は中国で生み出されたものと考えられており、そのため、先に挙げたテキストでは、「中国から伝来した麹を利用した酒」としているように思われます。
こちらの記事では、テキストを参考にさせていただいているので、テキストの記載を尊重して「中国から伝来した麹を利用した酒」という表現にしていますのでご留意いただければと思います。

「麹を利用した酒」について

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上記の『古事記』の記載では、「麹を利用した」ということは一言も述べられていません。
なのに、なぜ「麹を利用した酒」と言っているのでしょうか。

先の「中国から伝来した」と同じで、テキスト中では特に解説がされていないのですが、当時既に、中国では麹を利用したお酒が広く造られていたためだと思われます。

こちらは、『<a target=”_blank” href=”https://www.amazon.co.jp/gp/product/4896942698/ref=as_li_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4896942698&linkCode=as2&tag=fullmoon04a-22&linkId=87f4454522849e6864a0e7140b0baf44″>日本酒の起源:カビ・麹・酒の系譜 [新版]</a>』に書かれていたことですが、「書経」(『四書五経』と呼ばれる、儒学で最も重要とされる書物の一つ。)に

若作酒醴、爾惟麴糵

【書き下し文】
もし酒、醴(れい。あまざけ)を造らば、爾(なんじ)は惟れ麴糵(きくげつ)なり)」

【現代語訳】
酒や甘酒造りに例えるなら、君は(酒を造るのに必要な)麴糵にあたる。

これは殷の時代の王である武丁(紀元前1200年頃)が、傅説という人を評していった言葉だそうです。
は、「こうじ」のことで、米を糖分に変えるカビのこと。
は、音読みで「げつ」、訓読みだと「もやし」「こうじ」と読み(!)、穀物を発芽させたものだそうで、身近な例に引き寄せると、ビールでいうところの麦芽のこと。
両方ともお酒造りに欠かせない大切なもので、先の引用文は、傅説という人は王様にとって必要不可欠な人だ、という意味です。

このように、人を例えるのに酒造りや麹が使われているということは、王様が本当にこんなことを言ったのかは定かではないとしても、少なくとも、『書経』が現在の形で成立した紀元前3世紀ころには、中国では麹を使った酒造りが一般的であったことが推察されます。

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先に挙げた「秦氏(はたうじ)」は、秦の始皇帝の末裔、「東漢氏(やまとのあやうじ)」は後漢の霊帝(三国志の始まり、黄巾の乱が発生したときの皇帝)の末裔を自称しており、両者とも中国から朝鮮半島へ、朝鮮半島から日本へと移住してきたと考えられています。

なので、須須許理の造った酒も、当時すでに一般的になっていたと考えられる、中国で生まれた麹を使った酒造法が、朝鮮半島でも使われていて、それが日本に伝来した。
そのように考えて「麹を利用した酒」と書かれているものと思われます。

「中国から伝来した」と同様、テキストに倣って、こちらの記事でも「麹を利用した酒」と表記しています。

 

それでは、日本酒の起源は?。。。次回に続きます

と、ここまで、『新訂 日本酒の基』に載っていた日本酒の起源を紹介してきました。
それでは、どれが日本酒の起源なのでしょうか?
ということで、日本酒の起源についてここから考察が始まるのですが、ここまでで7,000字以上費やしてしまいました(; ̄▽ ̄)
このまま続けると1万字を超えそうです。。。
ですので、ここから先は、記事を改めて考察していきたいと思います。

できるだけ間をおかずに、次の記事を出していきたいと思っていますので、ぜひ、次の記事も読んでください。

それでは、今回はこの辺で。

 

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